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秋の空に想う


気取ったタイトルにしてしまったけれど 
なかなか寝付けなかったので考える時間ができたという
ただ それだけのこと。

夏の終わりになると 母のことを思い出す。
命日だからなのか あるいは去り行く夏に感傷的になってしまっているのか
父の命日には それほどでもない どうしてかな、と考え始めた。

なんとなくたどり着いた答えは
父が亡くなった時には母がいて 自分は「子」でいられたから。

成人しているので 人が死ぬ ということがどういう事か わからないわけではないのに
荼毘に付される父の棺の前で「おんおん」と泣く母を見て
父が亡くなったという事実よりも 母の悲しみにもらい泣きをしていたような
自分の悲しみなのか 母の悲しみなのか わからずにいた気がする。

その同じ年に短大の卒業 そしてイギリスへ短期留学
いま思うと 「イギリスに旅行する良い理由ができたわ?♪」と言って私を送り出してくれた母だけれど
強がっていたのかなあ 本当は一緒に日本に居て欲しかったのかなあ と。
「便りのないのは元気な証拠。電話代もったいないから無事なら手紙にしなさい」とも言っていた。
留学先で生活に慣れるので精一杯だった私は その言葉を真に受けて1ヶ月過ぎて 初めて電話した。
「やっぱり 声が聞きたいかな」という母の手紙を受けたから。

親の心 子知らず

その初めての国際通話が 母との最後の会話になるなんて...
どんなに思い返そうとしても 何を話したのだか 記憶に無い。
学校はどうだとか 海が近くていいよとか ホストファミリーは親切だよ 
そんな他愛のない報告をしていただけのような気がする
空港で別れた時も「じゃあね?」なあんて またすぐに会えるんだと思っていたし。

意識の無い母の傍で 奇跡的に回復するのではないか 
何度も繰り返される見舞いの言葉
親不孝にも それはありえないなあ。 と思っていた私
このまま別れるのは嫌だったけれど 奇跡を信じて待つタイプではない私
父が母を呼んだのかなあ 惚れていたからなあ 
そう思って諦める方が楽だったのかもしれない
葬儀の後すぐにまたイギリスへ戻ったのも 
自分や周囲の悲しみの渦に巻き込まれていくのが嫌だったのかもしれない
「お母さん 残念だったわね」 気遣っていただく言葉もまた
母の去ったその時点に引き戻されるようで嫌だった

形あるものは いつか壊れる
生きるものは いつか亡くなる
嘆いても仕方のないこと

それほど悲しまなかったのは他の誰よりも「私」だったのかもしれないな
それが良い事か悪い事か それは知らないけれど。

何だかいっぱい考えたなあ
命日にお墓参りもできない私
秋の空に想いを馳せるだけでも 供養になるといいなあ

気持ちだけお供えの果物...食べるのはヒロ。おじいちゃんおばあちゃんと分けっこね 




  

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